かなスの巣

後腐れのない日記帳

夏、行かないで立秋/おいしい居酒屋

 気が付いたら立秋が過ぎていた。せっかくカレンダーにしるしをつけていたのに、気が付いたら過ぎゆくのが二十四節気だろうか。

コヨミとオモムキ

 厳密には8月7日~11日を立秋とするらしい。暑さの盛り、じきに訪れる盆を過ぎれば一気に秋の気配が押し寄せる頃という。調べるにあたって久々に「残暑」と聞いたが、昔は暑中見舞いだの残暑見舞いだの、律義にハガキを書いてはポストに投函していた気がする。

 以前土用の丑の日について調べてから、少しばかり二十四節気について気にするようになった。旧暦との関係もあるし、何より昔とは気温が違うから風情にまったく当てはまることは特にあり得ないが、それでも昔の人が定めたことには何らかの意味がある。その意味を訪ね、温故知新、時の移ろいを今一度感じるにはちょうどいいのではないだろうか。

knemam.com

  一昨日は朝方に雨が降った。スコールのような、まさにバケツをひっくり返したような雨量が一瞬で過ぎ去り、それこそ夏の通り雨を忘れるなよとばかりの勢いだった。そのおかげか夕方以降はとても涼しく、めずらしい程さっぱりとした気温だった。夜に出歩けば薄い羽織が欲しいくらいの寒暖差で、昨日は大汗をかきながら「湿気がすごいね」と言い合っていたのがウソのようである。こんなに急に冷え込むなんて、これこそ立秋の気配だろうか。夜の大通り沿いの温度計は28℃。雨が降って曇れば気温なんて下がる。次の日はしっかり32℃まで上がっていたので、知ったかぶりの思い込みというのは落胆的でいけないものである。

 

 秋が立つと書いて立秋、そろそろと秋めいたことが動き出すと考えると何とも奥ゆかしい。秋は気が付くと傍にいて、音もたてずに冬にバトンタッチしている。四季の中で一番ミステリアスな時間だと思う。とはいえまだ暑さの盛り、秋の初動を感じるにはまだ早く、どこか水面下で粛々と動き始めているのだろうか。

 最近お気に入りの居酒屋さんで「秋刀魚の塩焼き」が日替わりメニューで飛び込んできた。なんとも魅力的。秋はおいしい味覚があちらこちらから飛び込んでくるから、なかなかいけ好かない野郎でもある。どらどらちょっと初物かしら、と舌鼓を楽しみにしていたが、訪れる時間がすっかり遅くなって、売り切れてしまっていた。酒飲みは旬に目がないのはどこも同じらしい。その日はカレーコロッケを頂いた。白いご飯が欲しくなるような、カリッとスパイシーなキツネ色。夏はカレーだ!とハウス食品が謳うのも納得のおいしさ。また近くの席のお兄さんはゴーヤチャンプルーを注文していた。うぅん、そちらも捨てがたい。スーパーのゴーヤが98円くらいになればな、と考えているがいつになるだろうか。

 結局、まだまだ夏を満喫し切れていない。本格的に秋になるのはまだ少し待ってもらいたい。