歳を重ねるごとに「水を飲まねば」という使命感に駆られている。茶を沸かすのもコーヒーを淹れるのもめんどくさいというのもあるが。
水ってマグカップじゃない
我ながらどうでもいいこだわりだなぁと今日ふと感じた。水を飲むのにマグカップはなんだか違う気がする。いや別にマグカップでもいい。「水を飲むための器」としての役割はこなしているから、鍋や匙に入れるよりよっぽど適切である。
なんというか、水って、プラスチックのコップ、もしくはガラスのグラスがいいと思う。今使っているのは100円ショップのマイメロディのプラカップ、もしくはニトリで購入した500ml以上入るバカでかいプラカップ。水を飲みたいときは何も考えず、どちら手に取ることが多い。あとプロテイン用のプラ製シェイカーもたまに使う。
今日はキッチンにそのどれもがなく、仕方なく手にしたのが先日も紹介したエヴァのマグカップ。マグカップで水を飲むと、なんか…得も言われぬ違和感がある。
味が変わるとか口当たりがとか、そういう理屈ではない。ただ、漠然とした違和感に胸がざわつく。ちょっとした罪悪感もあるのかもしれない。
考えてみれば、プラカップは冷たい飲み物専用である。逆にマグカップは温かいものに特化しており、電子レンジ対応のものも多い。つまりプラカップ=冷、マグカップ=温が適役ということだ。
別に適役もなにもないし、ただ水を飲むだけなんだから細かいことをグチグチ言うなという話なんだけれど、マグカップに水は役不足なのでは…?とひらめいて納得した。
確かにアチアチのコーンスープを受け止める器に常温の水を注ぐという行為、これはもっと手軽に扱えるプラカップの方が率先して「オレ行きます!」と買って出るべきではなかったのか。運動部の一年よろしく、先輩には先輩にしかできないことがあるのだから、「ちょっとプラカップ!先輩動かすな!」と二年がしゃしゃり出てしまうのはコートの中の摂理。
逆に冷たい飲み物の時は「ほらプラカップ、行きな」とそっと背中を押してくれるマグカップ。自分だって行けるのに、あえてプラカップを立たせる度量そして器のデカさ。割れやすい欠点はあれど、中々いい先輩じゃないか。
普段こんなアホみたいことを考えているからいつまでもアホなのだ。
マグカップ、今日はアチアチなコーヒーではなく、常温の水道水でごめんな。でもやっぱり、お前も容量あるから使いやすいんや。
マグカップで水を飲む行為への違和感が判明したが、洗い物が増えるのはまた別の問題なので継続してそのままマグカップでで水を飲み続けている。重ねて申し上げるが水を飲む行為、プラカップもマグカップも差異はない。
これはこだわりでもなんでもない、ただの思い込みや癖である。我ながらなんともアホらしい癖を今日発見できた。本当にアホだが、当人としては膝を打つほど納得したので日記として記しておく。

