かなスの巣

後腐れのない日記帳

ルッキズムに屈しない話 おもんない話すな

 ルッキズム、外面至上主義という言葉の普及はSNSがもたらした英知の一つであると思っているが、本当に必要な層に届いていないのはいかがなものかと考える。

私たちは「見た目」とどう向き合うか ルッキズムを考える (NewsPicks Select)

見た目見た目うるせぇ~~~

 私はだいぶボリューミーな見た目をしているので、「デカいな」とか「太った?」とか、それはまぁよく言われる。

 そういうことをわざわざ言ってくる人には「世界が小さいんですよ~」とか「冬に備えてるんです~…って熊とちゃうわ!」など、小粋でウィットに富んだジョークで返して差し上げている。

 勘違いしている人が多いが、こちらだって「ハゲてんなぁ」とか「息くせぇな止めてろ」などと苦言を言い返すことだってできる。だがコミュニケーションとしてそれが適切でない刃物であると理解しているから口にしないだけで、わざわざこちらから同じ土俵で戦おうとしていないことに気が付いていないのだ。

 そしてこう言うことを口にする人は、その発言に対しこちらが傷ついたふりをすれば「冗談じゃん~」「ノリ悪い~~」などと言うのだ。傷ついている時点でジョークとしては成立していないし、悪口を言われてワッと盛り上がる返しなんて「テメェ表出ろ」しか存在しないのだから、本当に脳内がお花畑としか言いようがない。

 結局のところ、「太ったねw」とわざわざ口にする人に対する最適解を探す手間が面倒なのだ。私だって人間だからきちんと傷つくし、「は?うるっせぇなカス」と言い返すことはできる。

 だかそれは人間として褒められた行為ではないと自覚しているので、じゃあせめて笑いに変えてやろう、と私のコメディアン精神がサービスをしているだけである。むしろサービス料を支払っていただきたいのだがいかがだろう。

 いじめはいじめられる方にも原因があるなんてよく言うが、そんなもんいじめる側が100%悪いに決まっている。太っている方・言われる方が悪いと言われても、狭い通路を腹肉で塞いでしまったり、試着の服をビリっと破いたり、物理的な損害を与えているわけでもないのに悪口を言われるのは割に合わない。

 

 私がルッキズムに対し根本的に思っているのは、「そんなおもんない話すな」である。もっと内面的に楽しい話があるだろうに、パッと目に入ったものをイジって軽率な笑いを狙いにいく、そのしょうもない魂胆が気に入らないのだ。

 体型の他に容姿、服装もそうだけれど、「それめっちゃ良いじゃん!」と褒めたり、「それどこの?」と疑問に思う以外で意見をするのは、水商売が初めての初日デビューのキャスト以外いけない。

 私が偶然ユーモラスに富んで頭の回転が速く、気を使える性格だから、ムッと思うような不快な発言を笑いにして差し上げているだけなのに、それをさも「今おもろいこと言ったやんなw」みたいに勘違いされるのは一周回って滑稽で中々面白い。

 いやちゃいますよ、私が面白いことに切り替えて差し上げだけです、今アナタおもろいどころかしょうもないことしか言ってないですよ、本来「うるせぇ黙れ」って言いたいところですよ。

 むしろこれで私が不機嫌になって悲しくなって、「デブって言われた…」と涙を流したら、てめぇどうしてくれんだ??そこまで考えて発現してっか???とも思う。そして多分考えていないのは明白である。

 同じような理由で、酔っ払いの「最近いつエッチした??」みたいなしょうもない質問にも毎回疑問を抱いている。仮に「あ~~二時間前ですね」と答えた時、酔っ払いは面白いツッコミをしてくれるのか。多分想定外の返事で引いていることだろう。

 笑いを取りに行こうとするものは、その返しのリアクションとツッコミにまで気をまわしてから発言すべきである。軽率に笑いを狙うのは大怪我のもとだ。

 

 私とて、見た目に対する不本意な発言を「おもんないこと言ってんな~」と割り切れるようになったのは加齢のおかげだと思っている。開き直るとでも言うのか。「やったらなんやねん」と返せばモゴモゴ言い淀むことがわかってからだから、オバサン特有の図々しさが解決した。

 ルッキズムに対して大きな声をあげます!ということはないし、言いたければ言えばいいけどほんまおもんないで、と言う外ないのだが、もっと内面的なコミュニケーションの重要性を考えてほしいとは願う。

 早く気が付けば早いだけもっと楽に生きられるのに、難しくしているのは何だろうと考えるのだ。

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