かなスの巣

後腐れのない日記帳

自分の時間を作るってむずかしい~~

 ここ一週間ぐらい、1人で勝手にあわただしくしている。自分のことで大変だ。

自分の時間=暇な時間 じゃないんだな

 というのも、ここ一週間ぐらいで私のもとに入ってくる情報の質が一気に変わったことがあって、その勉強と理解に勤しんでいる。受け取るものを意図的に変えているので仕方がないし、むしろそうであってほしいから願ったり叶ったりではある。

 こういう話をすると時期的に「師走だからね~」とか言われやすいが、そうではない。偶然12月だっただけで、タイミングはあんまり関係ないと思う。私はそもそも年末・年始の浮かれた雰囲気が好きではないので、あえて、普段通りに、淡々と日常をこなすことに専念しているつもり。

 つい最近まで、時間がゆする限りいつまでもおうちでゴロゴロ、ダラダラ、ずっと寝そべってSNS徘徊が常だった。が、ここ一週間はとにかく外に出ている。出なくても教材になるものを探して、調べて、自分なりに理解するためにうんうん唸って睡眠時間を減らしている。

 学びに終わりはないと言うが、その通りだと痛感する。一つ理解できたことがあっても、その中でわからないことが発生して、それを知るためにまた学び、またそこで己の無知を痛感する。

 このことに学生時に気が付いていればよかった、トホホ、と少なからずは思うものの、そもそも教科書に載っている情報より、もっと知りたい知識が学校になかったというこだけのこと。そう思う方がよっぽど健康に良い。

 

 大人の自由時間は思ったより難しい。自由であるが故にその時の優先順位を決めかねて、結局その時のモチベーションに左右され過ぎてしまう。家事も最悪やらなくても死なないし、最低限家賃と税金が支払える収入があれば、そこそこの自由がある。

 勉強したいと思えばいくらでもできるし、「こんなことしてる場合じゃねぇ!」とキレそうになる時間もある。正直、今はエレベーターに乗っている時間さえも惜しい。センター試験を控えた大学生ってこんな気持ちなのかと思うとツラくてやっていられない。学生さんはすごいなぁ。

 でも最終的に引きで見た時、「(こんな時間があれば勉強してぇ~)の時間も真摯に向き合うべきだ」という聖人も真っ青な結論になるだろうから、自分の好きなことだけに没頭するのもいけない。中々難しいバランスである。

 

 出先のカフェでこれを書いているのだけれど、やっぱり外に出ると情報の刺激量は家にいるときと比べ物にならない。「これってつまりアレってこと?」と覚えたての知識をフル稼働させて現場検証してみたり、新しい気付き・観察点があれば気になって仕方ない。

 忙しいと言うつもりはない。勝手にアレコレやって「ワ~~~ン時間がもっと欲しいよォ!」と思っているだけだから。

 こんなにやりたいことがあふれてくるのは久々だから、本当に面白い。やりたいこと、調べたいこと、考えたいこと、すこぶるたくさんある。でもそれも誰にも任せられないし、AIに聞いて解決するような、安っぽいことにしたくない気持ちがある。

 飽きっぽい性格上、いずれこの勢いが鎮火されることは分かっている。それでも、今のこの情熱は大事にしたいよな。