【5.17 日記】プラタナス 夏のはじまり

おはよう。日記の時間だよ
プラタナス
新種のナスではない。

日本だと属名のスズカケノキ
カエデに似た大きな葉、鈴に似た果実が特徴で、成長が早く、都会の環境(大気汚染や乾燥)にも非常に強いため、日本でも明治時代以降、街路樹や公園樹として広く植栽されていると言う。
ニレ、ボダイジュ、マロニエ(トチノキ)と並び、世界四大街路樹の一つなんだとか。
今の時代において、ほとんど全てのモノには既に名前がついており、更に属・科・目など細分化された住所を持っている。
日本植物学の父・牧野富太郎博士(NHK連続テレビ小説『らんまん』の主人公のモデル)が残した「雑草という名の草はない」の名言の通り、何気ないものであってもそれらには必ず名前がある面白い世界だ。
私も興味のある植物についてはアレは●●だ、コレは●●と仲間だ、と植物公園をプラプラ歩くだけでも楽しいが、逆に昆虫についてはどれを見ても「虫!」と慄いてしまう。
興味は世界を広げるが、無関心は世界を歪める。適度なバランスでありたいものだ。
さて、ちょっとしたきっかけで名前を知ったのが「プラタナス」。
街路樹って植物公園でない限り名前の表記がないものが多いし、花屋でも取り扱いがないからイマイチ何がどれの樹かわかっていない。
花屋時代に生垣には何がいいか?を聞かれることが多かったからレッドロビンやカイヅカイブキ、シラカシ、トキワマンサクあたりはな~~~んとなく分かるけれど、写真から検索が簡単になった今でこそ「これってこの名前だったんだ!」みたいなことは少なくない。

レッドロビン
「プラタナス夜も緑なる夏は来ぬ」(石田波郷)の句の通り青々とした葉が特徴のプラタナス。
なんかコレって「カエデっぽいけど多分違うんよなぁ・・・と思っていた矢先にこの句を知って、調べてやっと判明した。
点と点がどこでどう繋がるかは本当に分からないものだ。
石田自身は結核による長年の療養生活の中で、人間の本質や内面を表現したと言う。
日本人は「あと何回、桜を見られるか分からない」と春の桜にこそ年月の経過と儚さを感じがちだが、こういった街路樹だって同じに違いない。
「葉が青いなぁ」と思うことも当たり前ではない。プラタナスの葉もいずれ黄色く色づき、寒さと共に地に還る。
ぼんやり葉を見ながらセンチメンタリィになったりする。夏が来る。

