どうしようもない孤独/相棒
写真フォルダをスクロールしていたら懐かしいものが出てきた。ポケモンセンターオーサカで購入したヒバニー。
ひとり以上の孤独
このヒバニーは、超ブラックな前職にいたときに購入したからおそらく2年くらい前になると思う。あたりまえのような休日出勤の後、同じく休日出勤の同僚と16時ごろに早上がりして、大阪駅のおいしいデニッシュのお店に連れて行ってもらったついでにポケセンに寄った。
やめたいとかあの上司カスとか泣き言をブツブツ言いながら着いたポケセン、海外からの観光客と夏休み真っ盛りの子どもたちでゆっくり見るどころではなかったが、一瞬で心が奪われたのがヒバニーのぬいぐるみだった。かわちい。
ポケセンでは誕生日月の場合、スタッフに声をかけるとお祝いのポストカードがもええる。そわそわする同僚聞けばポストカードが欲しいと言うので、一緒にレジに並び、スタッフにその旨を伝えると「おめでとうございます!」と快くプレゼント頂いた。いつくになってもポケモンは我々アラサー世代の心をつかんで離さない。
私はふわふわのヒバニー、同僚はピカチューのポストカードを胸に、来た時と同じエスカレーターをキャアキャアはしゃぎながら帰る。先ほどまでのネガティブさがうそのようだ。お買い物でも他人との会話でも、やはり気分転換は必要だ。
うちの子になったヒバニーにはずいぶんと慰められた。17時間ぐらい仕事をした後の心身ともに疲弊して人間としての尊厳さえも怪しい中、この小さきふわふわの命に本当に助けられた。ヒバニーはしゃべりも走り回りもしない。それでもふわふわを撫でれば5時間後に出勤という事実があっても何とかなるような気がした。
その後半年も経たないうちに私は退職した。退職といっても辞められる気配がなかったから半ば飛んだのだけれど後悔は全くない。むしろそこで逃げ出さなければ私の人生はもっと終わっていたことは間違いない。あれだけ酒を飲みかわし、いろいろなところに遊びに行き、あーだこーだと上司後輩の愚痴を言い合っていた同僚とはそれ以来一切連絡を取っていない。そりゃそうだ。「一緒に辞めようね」と言っていたから辞めると決めた時には唯一相談したのに、引き留めるもじゃあ私も一緒にもなく、「(退職する人と仲良くすると印象が悪いから)飲みに行くのやめよう」とだけ言った人に話すことは特にないと思う。お互い様だ。
仲間だと思っていた人に裏切られることなんて年を重ねれば重ねるほど珍しいものではなくなっていくのだろう。年輪のように一本の線がきれいによどみなくつながることなんてないのだ。孤独には一人で耐えるのがいい。「ツレ」と思っている人がふとした瞬間にいなくなるなんて珍しい話ではない。物理的にいなくなることも、見たこともない中身が露呈することも、悲しみの総量は変わらないのだけれど、今までたしかにあったものがふと世界から消える葛藤に耐えうるほど人間は強く形成されていない。
23歳くらいでそのことに気が付いて、あまり他人に依存せずに生きていこうと思ったはずなのに、30を過ぎても同じことをしていた。別にショックで悲しいを通り越してキレる!ということもないけれど、それでも、「あぁやっぱりか」とは思った。でもそれは、30を超えてもぬいぐるみを買っているところだって変わらないし、結局人間の本質なんて変わりっこないのだから仕方がないのだろう。
今、例のヒバニーはかわらずうちにいてくれる。今はそれだけでいいと思う。
