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日記

【5.12 日記】フリでもいいから丁寧に生きる

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とらちゃん
とらちゃん

こんにちは。日記の時間だよ

我ながら神経質でありガサツな人間だと思う。

自分でも許容のボーダーラインがよく分からない。

袋入りのお菓子はできればお皿に出したいけれど、お惣菜はパックのままでもいい。

外出した服のままベッドに横たわりたくはないけど、1日風呂キャンしただけならOK。

「ハサミでお切りください」は極力ハサミを使うけれど、開けやすいよう点線がある容器はキレイに開封できない。

本当に自分でもよく分からない。

多分力の入れ方というか、もっと丁寧にピリリ・・・と点線に沿って剥がせばいいものを、ベリーっ!とやるからこんなことになるとはわかっているんだけど。

箱が軟弱なのか私の力が有り余っているのか、双方一歩も譲らずなことが多くて困る。

そもそも偏屈屋な私は、それをするに値する真っ当な理由がなければ習慣にできない。

お菓子をお皿に出すのは食べきれないかもしれないからだし、ハサミで切るのは手で切ったときにピッと汁が飛んでくるのがイヤだから。

逆に言えば理由があれば習慣化が簡単なのだけれど、行動自体に意味が見いだせないと絶対にやらない、超めんどくさい人間。

だから「几帳面だね」と言われることは自分の中でマイルールがあることばかりで、他人がどうこうは一切関係のない、几帳面にみせかけた自己満足なのである。

箱を丁寧にあけることは、マイルールの中ではそんなに価値がない。

だからと言って箱をベリーッ!と開けることが「箱の脆弱性」を指摘する理由にはならないのである。アホの理論すぎる。

もっと丁寧にゆっくり開ければその後も快適に使えるし、こうやってブログでネタにすることもない。

・・・そもそも箱がキレイにあけられなかったことをブログでネタにしている時点で、「丁寧」とは程遠いのではなかろうか。

だがこれもマイルール的にはオールオッケー、むしろ推奨行為のため、審判は黙って首を振っている。ブログを管理するのはすっかり懐柔された甘い審判なのは当然見越しての行為、極めて悪質だが天晴な頭脳プレー。

さて、審判に袖の下を渡して風呂掃除に取り掛かった私だが、シャワーとカランを間違えて見事にずぶ濡れになった。

私に必要なのはどうやら「丁寧なくらし」ではなく「落ち着き」である。

これには審判も意気揚々とイエローカードを取り出した。

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