【7.20 日記】不足を見つけるネイルは修行

おはよう。日記の時間だよ
ネイルが欠けちゃったよォ~~ン・・・
セルフジェルネイルをはじめてから、一年以上が経過した。

夏場はフットネイルだけプロにお願いしているけど、ハンドネイルは10日に1回ぐらいのペースでやり直して継続中。
ネイルがキレイだと気分がアガるし、月2回ぐらいは変えているから飽きることもない。爪が長いのが苦手だからこまめに整える意味も併せて自分にあっているんだと思う。
剥がせるベースジェルのおかげで快適なネイルライフを送っているけれど、逆にそれを合図に「そろそろお手入れせねば」といいサインになっていて助かる~

昨日、人差し指の一部が欠けてしまった。写真だと分かりづらいけれど、一部分だけポキッとなくなってしまった。よ~く見ると中指も先端が剥がれかけている。
人間は「ある」ところより「ない」ところに目が行くものである。これは脳の仕組み上仕方がないのだが、例え100マスのうち99マスが黒であっても、1マスの白の方が気になって「なんであそこだけ黒じゃないんだ」と感じる。99もの黒があっても、1が白だと「黒が不足している」と脳は認識する。
古代中国の思想家・老子の言葉に由来する「足るを知る」に近しいものがある。
あれがない・これがない、とないものを探すのではなく、今あるものに感謝をしなさいという教えだ。お金がなくても健康な体がある。雨風をしのげる家がある。人と連絡ができるスマホがある・・・
要するに「ねぇものに対してグジグジ文句を言う前に目の前のものに感謝せぇ」ということなのだが、まぁこれも「置かれた場所で咲きなさい」ぐらい賛否のある言葉だ。
10個の爪のうち、1個の1カ所が欠けただけで「あぁもうネイルを変えなきゃ」と思うのは仕方のないこと、でも他の9個の爪はキレイなままでしょう、ありがたいねぇ。
・・・と思えるかどうかはその時のメンタルによるためなんとも言えないが、ネイルの一部が取れてしまった時はいつも「足るを知る」を考える。
まだキレイなままの爪がある、ネイルをできる道具・余裕がある、次にやってみたいカラーがある、健康な爪がある・・・
そう考えながらも、まぁやっぱり「めんどくさいな」とは思う。YouTubeなどで動画を見ながらダラダラネイルをする時間は楽しくてなんとも贅沢ではあるが、相応に疲れるし、今後約2週間のテンションが決まる大事な時間でもある。
今回の私は欠けた1個の爪より、他の9個に意識が向いているし、なにより面倒だなぁと億劫な気持ちが勝っているので、また明日以降にやろうと思う。
こういうのは精神的に健康な時にやるのがいいですからね。足るを知ってネイルをするのです。


