かなスの巣

後腐れのない日記帳

本物と趣向性との狭間で悩むHERMES

 一昨日、どんな寝方をしたのか二日酔いで覚えていないが、起きたら首がレベル100の寝違え状態だった。背中まで痛くて丸二日「いててててて」と嘆いていたが、こんな時に限って部屋に湿布がない、この状況になにか名前はあるのだろうか。

バッグが欲しいんだな

 話題休暇。

 ここ三か月ぐらい、私にしては長いこと購入に踏み切れないものがある。バッグだ。小ぶりで華美な装飾がない革製でファスナーがなく中身の取り出しが容易なもの。これだけ夢見がちな理想をあげても「これはいかが?」となかなか及第点な商品を提示してくれるインターネットの優秀さに驚きつつ、それでも決めかねている。

 当初はこちらのバッグを検討していた。

 なかなかいいでしょう。このシンプルな見た目、無駄な装飾がないスマートさで6,000円未満。なかなかやるじゃない。安価なものって、意外と装飾がガチャガチャしていることが多いのでなかなかむずかしいのだけれど、いい意味で程よい無機質さ。いいじゃない。

 この商品を見つけてから、「私が欲しいのはこの形のバッグだ!」と理想が固まったので、あとはお値段と機能性と口コミを調べるのみである。

 

 ところが、ここで私に立ちはだかったのは、まさかのHERMES御大だった。

[エルメス] ピコタンロック MM トレサージュ カバン トートバッグ ハンドバッグ ヴォーエプソン レディース 中古

 ピコタンである。

 ブランド物に疎い私でもわかる洗練されたシンプルさと機能美、見つけた瞬間に衝撃が走った。一番小さいサイズで約50万円也。一生ものと考えれば妥当なのかもしれないが、6,000円でキャッキャと喜んでいた私からすれば、そもそも耕す畑を間違えているのは重々承知である。

 だが、この『本物』を見つけた途端、いままでいいなと思っていたものが急につまらなくなってくる。まさか鞄相手に蛙化現象が起きるとは思っていなかった。

 

 だが正直なところ、このデザインのバッグなんて掃いて捨てるほど世の中に出回っているだろう。これはエルメスが先か他が先かと言う話ではなく、機能美を追究した先にあるデザインの究極系なのだと思う。

 例えばヴァンクリーフのアルハンブラと言えば、四葉のクローバーモチーフの中で最も有名で、かつ最も高価なアクセサリーである。だが、「クローバー」もしくは「花」モチーフで似たような既製品は数えきれないほどあるし、手芸店に行けば似たようなモチーフのパーツが販売されている。

 もちろん厳密なデザインや素材感や似ても似つかないわけだが、果たして「ヴァンクリのアルハンブラが欲しいが高価で購入できないから似たデザインの安価なものを身に着けている」人と、「アルハンブラとか知らんけどとにかくデザインが気にいったから身に着けている」人の差はどこにあるのだろうか。

 「私はいま!ヴァンクリの!!アルハンブラの!!50万円の!!!ネックレスを!!!!身に着けています!!!!!」なんて豪語しながら街を闊歩する人なんていないだろうし、「あの人のアクセサリー、ヴァンクリかな、スリーコインズかな」などと詮索する人もいないだろう。

 つまるところクローバーやハート、十字架など普遍的なモチーフはデザインが被ることなんてザラなわけで、どこを真偽とするかは人によるわけだ。これは有名ブランドだからと威張る理由も、スリコだからとしょんぼりする必要もない。結局身に着けている人の心次第なのだと考える次第だ。

 

 …と、考えてみたけれど、どうしてもピコタンの美しさが6,000円のバッグ購入に物言いをつけている。決して6,000円の方をまがい物と言うつもりはないが、私の心はエルメス御大に囚われ始めている。冷静に考えれば「仕事頑張ってお金貯めて50万円のピコタン買う!」よりも「空から一億円降ってきたらピコタン買う!」の方が現実的なくらいなわけだから、憧れと現実はしっかり見極める必要がある。

 それにしてもエルメス、さすがと言うべきだろうか。初めてハイブランド品に激しく心を動かされている。うーん。おニューのバッグ購入は一旦見送りとさせて頂く。