【読書感想文】イニシエーション・ラブ【その恋はどこから?】ネタバレなし

こんにちは。読書の時間だよ
恋は盲目と言いますが
よく「初恋は実らない」と言う。
それはお互いの幼さゆえであったり、離別の苦難であったり、憧れと性欲の混沌による勘違いだったりする。
もちろん初恋、つまり初めての彼氏・彼女で他に異性を知らないまま結婚に至るカップルもいる。
だが世間一般的には何度も恋をして経験値を積み、どこかのタイミングで結婚というゴールに駆け込むことになる。
この「どこかのタイミング」については、数学者のハンナ・フライがTEDで「愛を語る数学(日本語訳)」として面白い発表をしているので気になる方は見てみてほしい。
つまるところ、初めての恋はうまく続かない、というのが人間同士の漠然とした一般論であると言える。
しかし、渦中の当人らは「そんなことはない、相手こそ最初で最後に愛する人だ」と恋の熱にうなされ愛が散らばる世界を謳歌しているが、長い人生で見た時にそのフィルムのコマ数はどれだけになるのだろうか。
そしてそのフィルムが終わらなければはじまらない物語が、他にどれだけあるのかを誰も知らない。
だから初恋は実らないのだ。
イニシエーション・ラブ 乾くるみ

本書は2007年に発表され、2015年には松田翔太・前田敦子らが主演で映画化もされている。
「イニシエーション」とは、ある状態や集団から別の状態や集団へ移行する際に通過する「通過儀礼」を表し、元々は宗教用語である。
信徒やメンバーになるための儀式をはじめ、子どもが大人になるための儀礼(成人式など)がこれにあたり、もっと生活に近い言葉で言うと「けじめ」に近いのではないかと思う。
大学生の鈴木は合コンで出会った繭子(マユ)に一目惚れし、初めての彼女ができる。
初めての女子との食事、初めてのデート、初めてのクリスマス。そのどれもが輝いて、いつしか彼の世界の中心がマユになっていく。
だがそんな蜜月はいつまでも続かない。電話の時間も、車を走らせる距離も、いつからかどこかでかみ合わなくなってくる
正直に言って、初恋のみずみずしさの描写がリアルすぎてすごく気持ちが悪かった。
共感性羞恥なのかもしれない。とにかく20代前半の若々しい夏があまりにもまぶしくて、「早く殺人事件でも起きないものか」と違う意味でドキドキする展開を期待せざるを得なかった。
そもそも、この本を読み始めた理由は「最後の2行で全く違った物語に変貌する」という触れ込みの元、その大どんでん返しを知りたかったからだ。
なにをこんな、ケツの青い大学生らの青春恋物語を見なきゃならんのだ・・・と思った。しっかり思った。5回は思った。
最終的に最後の2行で「してやられた」ワケだが、今までの恋愛物語がすべてミスリードで、そしてどこからがそうなのかが全くわからない。
2回目を読み直してやっと理解できたが・・・なるほどコレが「最後の2行」というシンプルで最大限のヒントだったのか、と納得。
そのミスリードの要因が、誰もが通ったであろう「初恋の未熟さ」をうまくなぞらえているからだと思う。
初めての恋に浮かれた日、変わりゆく環境、そして時の流れで変化していく心。
「初恋」はいつしか「恋」に姿を変えながら2人の時間は進んでいく。
そのどれもに誰もが共感し、「そうだよね、恋ってそうだよね」と懐かしむ気持ちがいつのまにミスリードになっているとも気づかず、初恋の終わりに同情しかけたときに最後の2行がくる。
著者の乾くるみ氏が推理・ミステリー作家であることを考えると納得だが、それまでがあまりにも世間一般的な恋愛小説だから、そんな結末があろうとは考えもしなかった。
しかも途中までは「よくある恋愛小説じゃないか、面白くない」と思っていたのに、いつしか彼らの動きから目が離せなくなる。気がついたら2時間ぶっ通しで読んでいた。
恋愛小説がいつのまにかミステリー小説に切り替わる瞬間があまりにも見事で、それまでの恋だ愛だは一体なんだったのか・・・?
考える間もなく、再確認の2週目を読みはじめる。
読み終わった後の爽快感は一切ないが、圧倒される勢いがすごい。
個人的に、性的なシーンの描写がなんだか妙に気持ちが悪いと思ったら、乾くるみ氏って男性なのね。お名前から女性かと思っていた。
男性と言われたらなるほど納得な文章だけど、そんなことを考える私もだいぶ気持ちが悪いなぁとすごく自己嫌悪。
そもそも私は性的なシーンを見るのがあまり好きではない。だからこそ普段恋愛小説や恋愛ドラマを見ないワケだけど、まさか本作がこんなにもガッツリ王道の恋愛小説だとは思っていなかった。
人が死なないだけで、その実結構残酷な物語でもある。
その中で誰もが通っていくであろう「通過儀礼」的な「愛」が蜘蛛の巣のように広く、しつこく、粘っこく広がっている。
最後の2行を心待ちに読み進めてほしい。


