【7.24 日記】ブックカバーを買う余裕と洗練

おはよう。日記の時間だよ
念願のブックカバーを手に入れた!

出先での空き時間を有効活用したくて、最近は鞄に薄い文庫本を一冊忍ばせている。
これが本当によくて、電車に乗る10分間でも、人を待つ3分でも、サッと取り出して読み始めるだけで「待つ」行為が思っているよりもはるかに有意義なものになる。
あとなんか、難しい顔をしてスマホをすいすいしている人よりなんだか涼しげに見える。気がする。考えてみればスマホなんてそこそこの熱源で、反対の手で握ったハンディファンでファ~~と風を浴びながらであっても、なんとなくそれが伝わる。スマホを操作するせわしなさも相まってそう感じるのかもしれない。
自分が本を読むようになってからは電車に乗っても読書中の人が目に入るし、本屋も「ここにあったのか」みたいなことが増えた。いくら電子書籍が普及しようとも、やっぱり紙媒体の本がなくならないのには理由があるのだ。
ただ惜しむらくは、本にカバーをつけていないとちょっと恥ずかしい。
本屋で購入したものならレジでつけてもらえるが、私が持っているのは古本、当然「カバーおつけしますか?」の一言はない。
そもそも本屋でカバーをつけるか聞かれても毎回断る。どれがなにだか分からなくなるのがイヤだから。読み終わった後フリマアプリに直行するのであれば、最初からつけておいた方がいいんだけど・・・なんだか面倒で。
だから、繰り返し使えるブックカバーを購入してきた。

カワイイ!紀伊國屋で買った黒クマ、無印良品のシンプルなもの。どっちも気に入った。
使い勝手としては無印良品の方が幅を調整できるだけあって、収まりが良くページをめくりやすい。無骨なシンプルさ、長く使うにはこっちの方がいいかもね。


なんかちょっと、スマートになった感じじゃない!?素敵!(中身がガチャガチャしているのは触れないで)
ちょっとのことなんだけど、鞄も華やかになっていいし、読書を楽しんでいる気がしてとてもうれしい。
カバーをつけるってことはそれだけ本を大事にしているってことが伝わるからだろうか。ベンチに座るときにハンカチーフをそっと敷くような丁寧さがあってイイ。
今までがガサツすぎただけというのもあるけど、なんかやっぱり、こういう一手間がうれしいね。誰から強制されているわけでもなく趣味として読書を楽しんでいる以上、機能性だけでなく遊び心も欲しくなる、そんな余裕ができるのもまた喜ばしいなぁ。
今のところ、黒クマちゃんには土井善晴先生の「一汁一菜でよいという提案」、無印には長江俊和「出版禁止」を入れている。
怖い表紙を隠すのにもちょうどいい。ブックカバー、ありがたし。


