【6.29 日記】見たいときに見られない広告のジレンマ

おはよう。日記の時間だよ
電車内の広告 たまにいいこと書いてある
先日電車に揺られてドンブラコしていたとき、ちらっと目に入った広告に「アレ?」と惹かれるものがあった。
おそらく塾か予備校っぽいもので、「比べていいのは過去の自分だけ」みたいなことが書いてあった気がする。
おォンなんかええこと書いてあるじゃん、と写真を撮ろうとスマホを取り出した瞬間、広告が貼ってあった扉がプシーッと開いてしまった。引き込まれる広告。あぁああぁ待って!っていうかこの駅で降りるよ!!!
その後何度か電車に乗っているけれど、未だにあのときの広告に出会えていない。
普段なら気にもとめないただの広告。それなのに「もう一度見たい」と気になってしまう。
CM・キャッチコピー・デザインの勝利である。「なんかあの広告よかったな」と思わせたなら、それは広告として優れている証拠だ。
そもそも最近は出先で広告を見ることの方が少ないかもしれない。
よっぽどデカい看板とか、ごちゃごちゃ入り組んだ場所の目印になるとか、見ようとして見るのではなくて、目に入ってしまうから覚えている、という方が正しい。
実際に看板を見て「これいいな」と思ってそのサービスを受けることってあまりなくて、「こんなのがあるんだ」ぐらいで止まってしまう。幼稚園の広告とかパチンコやが直線100m先にあるとか、今ほしい情報ではないのだからそりゃそうじゃな、である。
その点インターネット・SNSの広告というのは、スマホのマイクで聞かれているんじゃないかと思うほど精巧にできている。
私もGoogleAdSenseユーザーとして恩恵を受けているからなんとも言えないが、ものすごいビッグデータを駆使しているんだと思う。少なくても私が見るサイトの広告はダイエットやファッション系が多くて、ED治療や転職サイトなどはほとんど出てこない。
ちょっと調べたことが広告にも反映されて、気がつかないうちにサブリミナル広告のように印象に残っている・・・なかなか怖いものがある。化粧品について調べた30分後、ピンポーンとインターホンが鳴って「今大人気の化粧品のご紹介に伺いました」と業者が来るようなものだ。
上手に付き合えば外商さんみたいに便利だろうけど、この情報時代に優秀なエージェントを手に入れるのは難しい。だからこそ余計に検索して、さらに広告が増えていく・・・なんとも皮肉な広告のジレンマなのかもしれない。
そんな訳で今私は二週間ぐらいあの広告と出会いたいなぁと思っている。
調べても出てこないからどうしたもんかなぁ。どこがあの広告をうっているのか・・・こういう一期一会も広告の醍醐味だなと、久々にアナログなことを考えた。


