最近厨仕事の時は何かしらを聴いている。ノイズキャンセリング機能がついたヘッドホンで無心に手を動かす、家事の中で一番好きな時間だと思う。
厨仕事はテリトリー
山本ふみこさんの著書「朝ごはんからはじまる」を拝読して以来、すっかり「厨仕事」という言葉が気に入っている。
お台所を任された仕事というプライドが気高くてかっこいい。日に三度そこに立ち、栄養バランスから冷蔵庫の中身、果ては月末の予算調整まで担ってもらう仕事に「飯炊きババァ」「家政婦」なんて言われ方をされてはたまったものではない。
私の母は、自分以外が台所に入られるのを嫌う人だ。良かれと思ってアレをやろうかコレをやろうかと聞いてみるけれど、なかなかじゃあおねがいと言われることはない。
サラダを混ぜるとか、10分経ったら鍋の火を消しておいてとか、お米三合炊いておいてとか、小学生の手伝いのようなことは幾度となく任された、が、段取りが何十にもある、「厨」でどっしりと腰を据えるようなことを任命された覚えがない。一応私の名誉のために明記させていただくが、別に料理ができないわけではない。補足まで。
そもそも母は小5で芋の煮っころがしをマスターして以来、わりかし料理番になることが多かったらしい。夫婦で自営業をしていたら、家事のしわ寄せは子供に向かうことは想像に容易い。
つまり既に50年以上は台所に立ち続けている。体調が悪くても、母が亡くなっても、介護が大変でも、台所で仕事をしている。これがどれだけ素晴らしいことか。
その分手の抜き方もきちんと心得ていらっしゃるし、帰省する際には「帰りにスーパーでアレ買ってきて」と上手に人を使うことも忘れていない。だからこそ、まだ台所の最前線にいられるのだろう。
さて、私の台所はIHの一口コンロと小さなシンク、だいぶ簡素だから「城」と呼ぶには少々みすぼらしい。だもんでと言い訳にはなるが、凝った料理を作るのは少々億劫で、自炊歴は長いが作ったことがないものの方が圧倒的に多い。
それでもスーパーで60円になったおつとめ品の白菜(1/2!)を見れば心が躍るし、じゃああれもこれもとついでに買って、ウキウキと台所に立つ。その際、ヘッドホンでアレコレ聴くのが最近のブーム。
最近は令和ロマンのラジオなんかをよく聴いている。芸人さんのラジオはやっぱり言葉が上手で、耳だけで楽しめるのが勉強にもなっていい。本当はオーディブルなど本の読み上げも気になっているが、活字はやっぱり自分の目で追いたいとも思う。
耳で楽しみながら玉ねぎをみじん切りしていたら、なんとなく母の気持ちが分かるようなきがした。
この後、玉ねぎのみじん切りを鍋に入れて、冷凍庫にある前に下ごしらえしておいた角切りのニンジンと、キノコたちを入れて炒めて、トマト缶で煮て、と段取りを考える。もしここに、以前他者の侵入があり、ニンジンを使い切られていたら私は発狂するだろう。
厨仕事は在庫管理も重要な任務である。それをポッと出てきたやつに乱されてはたまったものではない。
幸か不幸か今私は独り身だからいいけれど、これは場合によっては大げんかの火種になりかねない。そりゃあ、勝手に入ってほしくないよな。
年末は帰省する予定だが、ありがたいことに上げ膳据え膳を堪能させてもらえるのだろう。だが、娘としては、味噌汁の一つくらい任されたいという気持ちもあるのだ。
きっと母が任命中の限り、私が台所に立つことはあまりないのだろう。できるだけ長く、その座を守ってもらいたいものだ。
