日記

不幸と覚悟/タイミング

kns7-pink1

 身内に不幸があった。入退院を繰り返していたようだし、それぞれ覚悟はしていたと思うが、それでもこみ上げてくる感情がある。

スポンサーリンク

不幸は突然に

 身内と言っても祖父の甥の妻だから、私にとってはそこまで血縁があるわけではない。母からしたら従兄の奥さんになる。実家から歩いて数分の距離だし、小さい頃からお世話になっていたから帰省する折にはよく顔を出しに行っていた。

 不思議なことに、ちょうどその前日に実家に帰っていたので母と「むっちゃん(従兄の奥さん)元気?」という話をしていた。数年前に病気をこじらせていたことがあって入退院を繰り返していたが、今はどこどこの病院に入院している、そりゃいけんね、いつ戻ってこれるんじゃろ、と言っていた矢先、無言の帰宅になるとは露にも思っていなかった。亡くなったと連絡があったのは11時頃、そこからバタバタとし始めて15時頃に顔を見にいった。白い布団に寝かされている人は、まるで知らない人に見える。

 今年の5月、祖父の法事で帰省した時に会った。お寺の帰り道にむっちゃんの家があるから、法事終わったよと声だけかけに行こうと寄ったら、ちょうど昨日の夜、病院から帰ってきたというむっちゃんがいた。ご飯が炊ける香りのする台所であれがいけんこれがいけんと話をして、「かなちゃんはいつも顔見せにきてくれるけえぇね」と笑ってくれた。顔を見せるだけで喜んでくれるなんて、ありがたいにもほどがある。

 

 そこのじいさんは乱暴な言葉で言えば頑固ジジイと言うか、昔ながらの男だ。90を過ぎても酒と煙草を嗜み、普段は畑仕事に精を出す。まめな人ではあったから交友関係も広く、私の祖父には「おいさん」とよく遊びに来ていた。

 そんなおいさん(私も親しみを込めておいさんと呼んでいる)が、60年以上寄り添う妻にしみじみ漏らしていた。この女は小柄だけど、それでも家にいるだけで太陽みたいに一気に雰囲気が変わる。男は一生女に勝てん言うのはこういうことじゃ、と。昭和生まれの頑固ジジイがそんなことを言うのだから驚いた。お互い体調が芳しくない中生活していると、存在のありがたみを感じる瞬間が節々に顕現してくるのだろう。普段から口達者なおいさんが、ふとこぼした本音に考えるものがあった。

 

 いつだって訃報は突然やってくる。そして当事者であれば悲しむ間もなく葬儀の段取り、参列者へのもてなし、お墓のアレコレと頼みもしない算段が舞い込んでくる。それらが終わってほっと一息ついて遺影を眺めた時、忙しさで堰き止められていた感情が一度に訪れる。去年・一昨年で祖父母を立て続けに祖父母が亡くなったときに痛感した。葬儀の時もつらいが、その後の方の悲しみの方がずっと長い。こればっかりは何度経験しても慣れるものではないし、慣れるべきでもない。

 これで3年連続で、文字通り私の生誕からを知る人が亡くなってしまった。時の移ろいは早い。ふとセンチメンタルになるお盆だった。

ありがとう!
Dinosaur
ランキング 一日一ポチお願いします(`・ω・´)
ランキング
ブログランキング・にほんブログ村へ
スポンサー

本ブログ、かなスの巣 にお越しいただきありがとうございます。

読者登録、★ありがとうございます!

ぜひブックマーク・シェアをお願いします(`・ω・´)

他SNSはLit.linkからどうぞ

記事URLをコピーしました