かなスの巣

後腐れのない日記帳

アイネクライネナハトムジーク ほろ酔い11月の夜に

 気が付けば日付が変わり、霜月になっていた。寒さが極まり霜が姿を現す11月、「年末一歩手前」「寒さ」「年末調整」、忌々しい面々が顔を出し始める時期だ。

小さな夜

 ほろ酔いでふと思いつくことに意味はない。今日はアイネクライネナハトムジークって何??」だった。

 アイネクライネナハトムジークとはモーツァルト作曲のセレナーデの一つで、ドイツ語で「小さな夜の曲」という意の曲。第一章のアレグロは誰でも聞いたことがあるだろう、古いCMだが入浴剤「バスロマン」で使われていたあの曲だ。


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 語感的に米津玄師氏の「アイネクライネ」が思い出されるかと思うが、因果関係はない、ように思う。

 とりとめもなく思いついたことを調べる夜、酒で昂ぶり眠れそうにない夜、煙草のニオイが染みついた髪をかき上げる夜、中々、いい。

 普段なら鬱陶しいと思うことを「いい」と思うのは、ほろ酔いの証拠だ。

 

 この時期の「夜」と言えば「秋の夜長に…」という枕詞を思い浮かべる。これは9月の春分の日から11月の立秋までを表す言葉らしい。かの夏目漱石はこの季節に「明けたかと思う夜長の月明かり」と一句詠っている。澄み切った空気に冷え始めた風、夏より幾分鮮明に光る夜空を「朝かと思った」とおちゃめな勘違いを喜ぶ季節感はなんとも美しい。

 「秋の夜長」と言えど、1日が24時間であることは変わりがないのだから、電気文明が発達していない時代に思いを馳せる他ない。「暗くなるのが早くなってきたから家でゆっくり自分の時間を楽しもう」と、晴耕雨読に近い、自然の流れに逆らわず、お日様と月明りを大事にしましょうという寛容さを感じる。

 現代では月明りどころか街頭やまぶしく光るネオンで星さえも見えない。各家庭にコンセントがあり、スイッチをパチリと押せば煌々と光る蛍光灯、スマホからはブルーライトも溢れ出ている。こんな状況下で「秋の夜長に…」とひねっても、誰の心にも響かないのは明白である。

 

 「夜」と結びつきやすいのは「寒い季節」のように思う。夏は夏で星空の大三角とか、三尺玉の零れんばかりの花火とか。趣深いものは多数あるのだけれど、私にとって夜にふと思いを馳せることが多いのは、冬だ。

 キンキンに冷えた指先でコンビニのホットコーヒーを買った帰り道。半分に割ってハフハフと食べた肉まんのおいしさ。初めて覚えた星座・オリオン座がいつも鎮座しているからかもしれないし、ほうっと吐く息の白さを見つめた先にあるのが夜空だからかもしれない。

 いずれにしても「寒い夜」を美化しているのは間違いないのだけれど、私にとって冬の夜は、切ないけれど、それ以上にわくわくする夜なのだ。

 

 文明発達により夜・日の短さに対する関心は薄れているだろうが、これは侘び・寂びの文化に近しいものがあるような気がする。過不足を知り、シンプルであること。

 ひんやりとうすら寒い夜、「一枚上着を持ってくればよかった」と思う帰り道、私はこのさみしさが好きなのだ。鼻をすすりながら、コンビニであったかいお茶でも買おうかな、と悩むさみしさの中にある豊かさ。「小さな夜」とは、こういうことなのかもしれない。

 そんなとりとめのないことを、ほろ酔いの帰り道で考える。薄いハイボールだからと言って調子に乗って何杯もおかわりしてはいけない。こればかりは何度夜を経験しても学習しない、悪いところだ。

 

本質を見極めろ ハロウィンと白湯

 私はハロウィンというイベントが好きではない。本来の意から外れたイベントごとがどうも苦手だ。

物事の本質

 こういうことを言うとすごく偏屈というか、斜に構えたイヤなヤツと思われるだろうが、まぁ概ね間違っていないので訂正しないでおく。

 そもそもハロウィンというのは…の件はそこかしこにあるので触れる必要はないだろう。とにかく日本では「仮装が合法になる日」という位置付けの日。本来のハロウィンの仮装は悪霊から身を守るために行うものだった。それをやれセクシーポリスだの、流行りのアニメのキャラクターだの、著作権ギリギリの着ぐるみだの。結果ゴミ問題やら事件が発生している上で騒ぐというのは、偏屈者からしたら中々にきまりが悪く、居心地はシャコタンのようだ。

 

 

 

 こういう「本来は」という意味においてずっと苦言を呈したいものがある。「白湯」だ。

 そもそも…という書き方をする時点で本当に性格が悪いのは自覚している。今現代で「朝はお白湯を飲む」という人の中で、「やかん・鍋などフタの開いた容器で沸騰してからポコポコと気泡が出る状態で10分以上加熱したもの」を指している人がどれだけいるのだろうか。電子ケトルで沸騰させただけのものは厳密には白湯と呼べない。

 定義の話になるとアーユルヴェーダとか由来からになってしまってややこしくなるし、専門家な訳ではないので各自調べていただきたい。だがしかし、今現在「ミネラルウォーターを電子レンジで1分半加熱すればお手軽白湯に♪」なんて記事が蔓延っている以上、今一度物事の本質に触れるべきではないだろうか。

 逆に、「何を以てして白湯と定義するのか」「そもそも白湯の何がいいのか」を調べることをしてないのかと疑問を抱える。このネット社会、白湯にまつわるエトセトラを辿ることなど容易なのに、「モデルが実践!」「白湯で不調が治る!」みたいな見出しに踊らされ、朝起き抜けにレンジでチンした温かい湯を飲み、「なんか調子いい気がする」と周りに勧めるのは中々に愉快ではないか。

 

 私がこうも本質だの定義だのとうるさく苦言を呈しているのかは、物事に対してリスペクト、尊敬を忘れてはならないと思っているからだ。

 ハロウィンは古代アイルランドケルト人にとって死者が訪ねてくる日、日本で言うお盆であり、夏の終わりと冬の到来を告げる収穫祭でもある。それを「セクシーナース」で飾るのはいかがなものだろうか。

 日本の七五三の文化が「正装して写真を撮り長い飴を食べる日」として世に広まった結果、いつのまにか「年齢に7・5・3のどれかがある人がその時一番イケてる服で長いもの(グミ、チュロス、トルティーヤ、パスタなど)を食べると健康になれる日」として流行したらどうだろう。節分に家を訪ねてきた死神にチリコンカンを差し出し、歳の数分ポップコーンを食べ、玄関にはバラに刺したフィッシュアンドチップスも忘れずに。

 それはそれでおもしろいが、「ちげぇよ!!」と一言物申さなければならないだろう。

 バレンタイン然り商魂たくましい企業努力もあるが、イベントとして盛り上がる前にその歴史と現地の方々の想いを考えてみるべきでは、と道徳の教科書のようなことを思わざるを得ない。

 歴史から生まれた行事は時代の移ろいと共に形を変えていくもの。誰か一人くらいは「本来は…」と嫌らしいことを苦言を呈したほうがいい気がする。だがカレンダーに記載されるようになり、社会現象にまでなっている以上はある程度受け入れなければならないのだろう。

 だが、私からするとどうしても自己顕示欲を満たすためのイベントに感じてしまう。少なくても強要する文化であってほしくないと願うところだ。

ガラス製ボウルを買う。2個も。あほたれ。

 先日「ステンレスのボウルが欲しいな♪」と文字にした矢先、ガラス製のボウルを購入した。2個も。舌の根も乾かぬうちに、とんでもないあほである。

knemam.com

なんで2個買った・・・?

 ことのあらましを説明させていただきたい。

 まず、私は「サラダを大量に食べたい」と、ここ最近常に思っていた。それはもう「ボウルを抱えて食べる」くらいの。

 今家で使っているのは100円ショップのプラスチック製のボウル、過不足はないけれど、これにサラダを入れてワシワシと食べるのは、なんだかちょっと、乙女心と言うか、端的に言えば見栄えがよろしくない。文字通りボウルを抱えるのが少し憚られる。こんな傷だらけでちょっと黄ばんだボウルにどれだけ小じゃれた「デリ風サラダ」を盛っても、得られる栄養素が幾許か阻害されそうな気がする。

 そこで実家の母が小さめのステンレスのボウル、どちらかと言えば冷麺に使われるような、ちょっと小ぶりだが汁もたっぷり入るサイズのちょうどいいものを使っていたを思い出して、サラダ用のデカい器、改め「冷麺用の器」を探しにホームセンターに向かった。

 だが冷静に考えてほしい、一般のホームセンターに冷麺の器なんか販売していない。あたりまえだ。ステンレスのボウルはあるけれど、なんだか野暮ったいデザインでピンとこない。なにより「抱えて食べる」のに、ステンレスってちょっとイヤじゃない??反射して映るすっぴんの顔なんか見たくないし。買い物に迷走するとワケのわからないことを考え始める。一旦冷静になってフリーザーバッグやら包丁研ぎを選ぶ。

 一通りウロウロした後、再度キッチン用品のエリアに戻る。そこでふと、目についたのがガラス製のボウルだった。18㎝に21㎝、なかなかいいサイズじゃあないか。お値段も1,000円前後、強化ガラスで耐熱、オーブンにも使えるなんてステキ。(もちろんうちにオーブンはない)

 

 そして私は18㎝と21㎝、両方購入する暴挙にでる。あほか。

 これも弁解させて頂きたい。正直、店舗で見るサイズ感ってわかりにくいじゃないですか。今使っているボウルのサイズを測ってくるような気の利いたマネができるわけもなく、18と21、3センチの差に10分くらい悩んだ。

 プラプラ歩き回ってちょっと疲労を感じる14時過ぎ、重たいカゴ、ちょっと暑い店内、ええい、ままよ!と両方カゴに突っ込むには、あまりにも充分すぎるシチュエーション。

 2つのボウルを緩衝材に包み、リュックに入れて帰路を走る。ガラスだから当然めちゃくちゃ重い。っていうか私、先日「ステンレスのボウルいいなぁ~~」って文字にしたばかりじゃあないか。初秋の爽やかな風が頬を撫で、私を正気に戻す。

 

 購入してから1週間、18㎝の方しか使っていない。そりゃそうじゃ。

 まぁ何らかには使えるだろうし、悪い買い物ではなかったけれど、両方買うことはなかったよな。あの時、ぼんやりした頭で「大は小を兼ねるって言うよな」とひらめいた私を殴りたい。

 ただ、18㎝のボウルはとにかく使いやすい。油汚れもさっと落ちるし、何より傷の心配をしなくていい。何度かマグカップとぶつけて「ヤベッ」と肝を冷やしたが、さすが強化ガラス、びくともしない。

 2つ購入したことはちょっとアレだが、概ね満足のお買い物。2つ購入したことはアレだけどね。

 

 一緒にステンレスのボウルも購入しようかと思ったが、それはそれでちょっと違うんだよなぁ・・・とお得意の杞憂が発動してしまって、やめた。それよりとりあえずで購入してみた包丁研ぎが本当に切れ味がよくなったので感動した。お買い物にもタナボタはある。

 21㎝ボウルの使い道はこれから考える。パン生地でも捏ねてやろうか。なんにしても、一人暮らしでは持て余してしまう。使い道もだが、置き場所も、だ。

 とりあえず当初の目論見通り「ボウルを抱えて食べる」が実現可能な器が手に入ってめでたしめでたし。今のところ抱えてはいないが、食事が少し整うきっかけになってよかった。ガラス製品の衝動買いは控えるべきとの学びも得た。めでたしめでたし。

コーナン オリジナル LIFELEX 耐熱ガラスボウル15 KHK05-3041

たんぱく質たっぷり やせサラダ100

ポーチの中身はなんだろな♪魔窟を整理せよ

 季節が変わってきたので、普段使いの鞄を変更した。知人がツイードのバッグを使っていて、かわいい~!と思っていた時、酔った勢いでポチッたもの。酔って開くAmazonはよくない。

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実録!ポーチの中身24時!

 鞄を変えるついでに中身を整理する。財布、コインケース、エコバッグ、カードケース、リップケース、ハンドクリーム、ポーチ。

 昔ファッション雑誌を愛読していた時、モデルの鞄の中身を紹介するコーナーが好きだった。好みや習慣が滲み見えて面白い。鞄を整理するときはいつもこんなことを考えているから中々進まない。

 さて、カバンの中で一番割合を占め居ているのがポーチ。ちょうどいい機会なので中身を抜き打ちチェックといたしましょう。毎日必ず使うものは入っていないが、どちらかというと緊急用のものが多いようだ。

 

これめっちゃかわいいでしょう?

 マツダスタジアムに行った時に購入したもの。こういう日常使いできる野球グッズはなんぼあってもええですからね。チャームには「姫ちゃんのリボン」のポコ太。頂き物だけどくまなく活躍していただく。

 上から時計回りに

  • セシルの鏡(ガチャポン)
  • 薬入れ(頭痛薬、胃薬)
  • 吸入薬(喘息)
  • 耳栓
  • セザンヌのアイブロウ
  • パラドゥのサクラヴェールリップ
  • ちぃかわのシールを貼ったケース(中身はコンタクト、ヘアピン、ヘアゴム)
  • 絆創膏
  • 白蛇神社のおまもり
  • 使い捨ての目薬

 

 思ったより変なものは入っていませんでした。出先で使う確率が高いのは吸入薬、次いで頭痛薬かなぁ。一応念のため、がメイン。

 もっと小さいカバンの時は、吸入薬と薬とアイブロウだけ小さい巾着に入れるなどする。眉毛がない民、眉尻が消えると目も当てられないのでとにかく書く手段は持ち歩くのです。

 

 長年いろんなポーチを使っているけれど、絶対に入っているのは薬とパラドゥのリップかなぁ。鏡なしでもサッと塗れて適度にツヤっと色づくので5本くらいリピしている。セブンで買えるのもありがたい。

パラドゥ Parado 新作 サクラヴェールリップ リップクリーム PK01 ほんのり桜色

 吸入薬はここ1年なので、それまではもっと小さいポーチでいけてたのに…。とは言え季節の変わり目や夜に出やすいので持っていないとめっちゃ不安。タイミングを間違えると効きづらくなるので絶対に必要。

 ハンドクリームはロクシタンの30mlの小さめを使っている。フタがワンタッチだからすぐに使えるのでめっちゃ便利。家ではでっかいのを使っている。永遠になくならない。ロクシタン(L'OCCITANE) シア ハンドクリーム 30mL 乾燥 保湿 女性 男性 メンズ 人気

 

 さて、なんでこんな急にポーチを漁りだしたかと言うと、探し物をしていたから。リップフォンデュのやつを買っていたはずだが、どうも見当たらない。だがここになかったので、諦めることにする。

 たまには在庫の見直しをしなければならない。薬の持ち運び方をもう少し改良したいのだけど、何かいい方法ないかな~~~。

ちぃちゃいカップでお茶しましょ

 大人になってわかることは多数あるけれど、カップが小さいことで得られる効能」はここ数日で得た知見の一つだ。

いっぱい飲みたい!けど…

 とにかく何かしらを飲む。お茶、コーヒー、紅茶、インスタントのスープ、寒さを感じ始めると特に電子ケトルに稼働してもらうことになる。たくさん飲みたいものだから、マグカップはいつも大きいが正義だと思っている。

 長年、大好きなエヴァンゲリオンのシンジ&カヲルくんのマグカップを愛用している。エヴァンゲリオン展のおみやげで頂いたもので大事に使っているが、実は前にも違うデザインのシンジ&カヲルくんマグを愛用していた。うっかり割ってしまったので二代目。好きなものは何度使っても飽きない。

エヴァンゲリオン展 マグカップ 碇シンジ&渚カヲル

 このマグカップの容量がだいたい400ml、一般的なサイズ。とにかく使い勝手がいいのでなんにでも使っていたが、あるときふと気が付いた。このマグカップで飲み物を作ったとき、だいたい飲み切れていない。

 コーヒーはなんだか味がぼんやり、紅茶は苦くなり、スープは薄い。何より飲み切る前に冷めてしまって、レンジで再加熱しても中々飲み切れない。

 欲張りな性分で、ついなみなみと注いでしまうのが悪いのだが、おいしく飲み切れないのではもったいない。かといってオシャレなカップ&ソーサーを扱い切れるほどお上品ではない。どうしたものか。

 と、そこで購入したのが信楽焼のマグカップ

 なんともお上品な色合い。小さめで青でちょっと武骨なものを探していた時にちょうど一目ぼれした。容量は330mlとなっているが、この小ささになみなみ注ぐのはなんだか無粋な気がして、7割くらいしか入れない。これが大変にちょうどいい。

 使い始めて一年近くたつが、温かい飲み物はやはりこれがしっくりくる。なんにしてもちょうどいいサイズ感、そうそうこれこれ、と毎度感心する。

 元々焼き物には興味がない。だが、小さめのマグカップを探すにあたって、キャラクターものや凝ったデザインのものは、なんだか違う気がして。文字通り武骨で、シンプルだけど存在感があって、でもお茶でもコーヒーでもなんでも受け止められる懐の広さ…と探してたどり着いたのが信楽焼。すっかり気に入って、同じデザインの湯飲みも購入した。

 

 さて、ここで一息コーヒーでも。と頂いたドリップコーヒーに手を伸ばす。湯を沸かす間に普段見ない裏面を気まぐれに見てみる。「お湯140mlを注いでください」とあるじゃあないか。140mlですって!?マグカップの半分以下の量。

 もしかして私、今までのコーヒーは2倍希釈で飲んでいたのか。あれだけなみなみと注いでいれば、そりゃあ味もぼやける。アメリカンコーヒーが好きとは言え、言わば出涸らしにお湯を注いでいたのでは雑味やらなんやらももれなく出てくることだろう。どのみち豆乳で割るので薄まるが、まさか、2倍(以上)希釈していただなんて。

 齢30を超えて、やっとちぃちゃいカップの有用性が理解できた。欲張りも程ほどにすべきだ。

社会人こそ趣味を持て。すっかり忘れられる時間

 SNSで見たのか本で読んだのかはうろ覚えだが、とにかく趣味を持つべきだと意識している。

趣味って大事 大人になればなるほど

 「ご趣味は?」なんて定番な質問だが、これが案外パッと答えるのが難しかったりする。読書、はそんなに言うほど読んでいないし、YouTubeをダラダラ見ること、は言うのがなんだか恥ずかしいし、中々難しい。

 今私は「掃除と編み物」と答えるようにしている。掃除に至っては家事だし、編み物も素人に毛が生えた程度のものだから…とつい謙遜してしまうが、「趣味はないです」と言ってしまうより幾分ましだろう。

 

 冒頭の話だが、「社会人は趣味が必要」と読んだのをとても印象深く覚えている。つまり、趣味を10分でも20分でも、なにかに没頭してイヤなことを忘れる時間を作る、というのが事の内容だった。思いのほか「人生の充足のため」とかではない。マインドフルネスのために取り組むべきだ、というのが印象的だった。

 確かに言われてみれば、趣味や好きなことをしている間はイヤなことをすっかり忘れている。というか思い出す余地もない。仕事でも人間関係でも「明日はアレをやらなきゃ…」「今日怒られたな…」とイヤなことを考えたり思い出したりする時間は無限に作れてしまう。

 私は特にそのタイプで、考えてもどうしようもないことを延々と考えて、誰に頼まれてもいないのにめちゃくちゃ落ち込む。「考えても仕方ない!」と分かっているのに、アレやコレやと心配事が頭で暴走して疲れてしまう。その結果うつになってしまったのだけれど、こればっかりは性分だから仕方がない。(以前よりは緩和された)

 確かそんなときに見つけた「趣味の重要性」だったのだと思うが、なるほど確かに、結構救われた。

 正直趣味に取り組むまでは「もうこんなことやってる場合じゃないのに…」と本当にやりたくないまである。だがしかし初めて見ればやっぱり楽しくて、気が付けば10分、30分、1時間と経過してしまう。しかも、その間、脳内の「どうしよう座談会」はお開きとなっていた。

 禅の「今、ここ(而今)」の考えを強制的に実行する感覚に近いのかもしれない。目の前のことにただ没頭する。瞑想よりも強制力が強く、しかも楽しい。これは確かに社会人こそ「これをやっている間は全部パッと忘れちゃう」くらいの趣味を持つべきだ。

「今、ここ」に意識を集中する練習 心を強く、やわらかくする「マインドフルネス」入門

 

 漠然とした将来の不安とか、落ちないどころか増える体重とか、お金のこととか、いろいろ考えてしまう時、やっぱり私は毛糸に手を伸ばす。本当にヤバい時は紙に鬱憤を書きなぐることもあるけれど、軽いお手当程度と思って日々糸を編む。

 鬱社畜時代は何をして気分転換していたのかさっぱり思い出せないけれど、でも確かに、「あぁ楽しい、でも寝ないと、でももう少ししたい」と思うようなことはしていた、はず。

 数学のように悩んで解決することであれば、この行動は「逃げ」になるのだろう。でも、長い人生でのちょっと困った、は「気分転換」が必要だ。

 もちろん趣味は楽しいから取り組むもの。だが、本当に気が滅入っている時はその大好きなもににさえ手が伸びなくなってしまう。しんどいときこそ、好きなものに触れるべきだ。

 

 ここまで書いて思い出したのが、読んだのは多分安野モヨコ先生の「美人画報」だった気がする。締め切りに追われている時、ダンレボで踊ると汗もかいて詰まっていた頭がスッキリ!みたいな話だったような。ワンダーだかハイパーだかすごいうろ覚えだけど。

美人画報 ワンダー

 おとなの趣味を探すにあたって、モチダちひろさんの著書がとてもよかった。子育て、仕事の合間にいろいろと挑戦される姿が素敵。とにかく手を出してみる!も大事なんだなぁ。漫画だから読みやすいし、読んでいること自体楽しいからそもそも健康にいい。

3000円ではじめる しあわせ趣味時間 (コミックエッセイ)

 

 と、ここまで御託をしっかり並べた上で、気分転換にポケモンでもプレイしようかなぁ。久々のポケモンはやっぱり楽しいし、新しい刺激で面白い。

 今後やってみたい趣味は、タティングレース(道具はもう買ってあるのよね…)、ビーズ刺繡、かなぁ。大人だからこそ、時間を作ってやっていきたい。

カンニング竹山の50歳からのひとり趣味入門 (ポプラ新書 242)

前借小春日和に諸々仕事捗りて

 ここ数日小雨の度に寒さが増している。ぼんやりと窓を開けていたらいつのまにか寒くて困る。この季節のほんのりと乾燥した空気は鰯ぐらい足が速い。

掃除捗り~~~タスク処理

 今日は久々にとても気持ちがいい快晴だった。空は薄い雲のみ、ぐずぐずと薄暗い癇癪玉のような怪しさがないだけで気持ちもスッキリする。久々の快晴、予定のない1日の朝、やることと言えば家事しかない。

 まずは最近緊急で引っ張り出した毛布を洗う。気温が低くなってくると厚手のものを洗濯するのはちょっとした賭けになるから、いの一番に洗濯機に突っ込む。そして、2回目の収穫を待つ豆苗にたっぷりと水をやる。

 一息つく間もなく、私の定番、狂ったようにモノを捨てる掃除をする。今日はゴミ袋1袋分くらい。ベッドサイドがずっとごちゃごちゃしていたのが気になっていたので、思い切って不要なものはすべて処分。キッチン回りのストック収納も見直して、置き場所を決めて整える。実は3か月以上壊れていた流し台の開き戸の丁番を直す。ピアスを収納している引き出しの中身もひっくり返して使っていないもの・錆びているものは捨てる。

 片付けはじめてしまえばなんてことはないのだけれど、いかんせん最初の「よっこいしょ」が重い。物事を始める際、最初の4分間さえ取り組んでしまえばその後もやる気が継続される、というズーニンの法則ってやつ。

 こういう掃除や整理整頓に取り組むコツは、「〇までやろう」と決めないことだと思っている。目が付いて気になったら、やる。おかげで3カ所ぐらいを同時進行にすることにはなるのだけれど、ノルマを決めてしまうと最後がつらくなってしまうので自由気ままに進めることにしている。

 

 11時過ぎにひと段落して、熱いお茶を飲みながら一息つく。狭いベランダで窮屈そうに干される毛布、風にそよぐ豆苗。まさに「小春日和」といった気候。本来11月下旬とかもっと寒くなってから使う言葉だが、ここ数日の冷え込みを考えれば使ってもいいんじゃないかと思う。小春日和の穏やかな日は、ってさだまさしも歌っているし。

 おみやげに頂いたお菓子を食べながら毛糸仕事に手を伸ばす。 今は昔買ってどうにも使いようにならなくて困っていたソックヤーンで、バラクラバでも作ろうかと模索している。二本取りにしたから色が面白い。

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 気が済むまで編んだらポケモンで遊んで、疲れたら寝る。なんともいい休日じゃあないか。

 この一日は複数の要因が重ならなければ成し得ない。まず天気。そして体調。たまっているタスクの量。予定。どれか一個でも嚙み合わなければ一日中ベッドの上でゴロゴロすることになったり、すべてがイヤになって外に散財しに行くことになったりする。天気のいい、正に小春日和みたいな心地よさでしか整わない休日がある。

 

 一緒に台所仕事もしたので、冷蔵庫にはカット済の野菜と大量のゆで卵、下味をつけた豚肉がある。なんて頼もしい。夕飯はこれでせいろで蒸し野菜とでもしゃれ込もうかしら。

 久々に超充実してリフレッシュする一日が過ごせた。忙しさにかまけて自分を疎かにしてはいけない。季節の変わり目、油断せずにいこう。

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