【8.26 日記】年に一度の欲望を満たす日🐤チキラーの美学

おはよう。日記の時間だよ
チキラーは年一がいい
チキンラーメンが無性に食べたくなる日がある。
これは厄介なことに、予告なく突発的に起こる。
誰かがおいしそうに調理した写真をSNSで見た時、卵が安く買えた時、ふとあのしょっぱくて味の濃いシンプルなスープを飲みたくなったとき・・・
それは音も立てずにそっと忍び寄る。ふと気がつくと、チキンラーメンのことしか考えられない。あぁ、食べたい。でも5袋入りを買うほどではない。ちょっとだけ、食べたい。
脳内では幼き日の芦田愛菜ちゃんが手押し車をトコトコ動かしている。
チッキンラーメンこっちーにきって♪かってーてっとてってっとってっと♪
・・・どうだ、今このブログを見ているそこのアナタも食べたくなったことだろう。
チキンラーメンの有害さは、添加物やら塩分やら、そんな表層的なところに現れるものではない。
ふとした拍子に猛烈に食べたくなる。これがチキンラーメンの最大の欠点にして、最大の強みでもあるのだ。
そんなわけで、スーパーで1袋売りのものを購入。さすがに5個パックは多いからね。
だが、チキンラーメンをおいしく作ろうと思うならば、お湯を用意するだけではいけない。
先に卵を常温に戻しておく。白身のドロッと感が残ってしまうと、最後のスープが少しダラけてしまう。この一手間をするかどうかで、蓋を開けた瞬間の見栄切りが変わってくるのだ。
小ネギだのなんだの、余計な小細工はいらない。チキラーは卵だけがその上に輝くことができる、最高のステージなのだ。

すぐおいしい♪すごくおいしい♪
このキャッチフレーズを考えた天才に思いを馳せながら、手を合わせる。
もう少し湯の温度を高めにした方がよかっただろうが・・・黄身はほぼ生、白身は存在が気にならない程度に固まっている。うんうん、これこれ!!
満を持してズズッと一口・・・う~~ん、この、麺の柔らかいところと堅いところが共存しているザ・インスタントな感じ・・・これこれ!
単調なスープ、麺に味が練り込まれているであろう濃い味、そこに黄身をプツッと割って、とろ~り麺に絡めて・・・
びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ぃ゛
・・・でもね、おいしいんだけどね。
この一杯でいいんだよ、チキラーって。
冒頭でも述べたように、チキラーの中毒性は突発性にある。「食べたい!」と思った時が最大瞬間風速を記録し、食べ終わる頃にはすっかり凪。
「明日も食べたい」と慢性的な中毒にならない、それがいいところなのだ。こんな味の濃いもの、運動部の男子高校生以外が常食してはいけない。
本当はよくないのだけど、スープまで飲み干して、年に一度、いや二年ぶりかもしれない、チキラーを満喫して晩餐が終わった。
次にチキラーを食べたくなるのはいつになるだろう。
とりあえず今のところは、パッケージを見てもなにも心がときめかない。ついさっきまでびゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ぃ゛と騒いでいたのに。
この一過性こそがチキラーのいいところ。もう少し食べたい!もなく、これ以上は多い!でもない。引き際の美学を心得ている。


